着物大好き!アラ還ひろよの普段着着物生活

昔ながらの普段着着物が好き。おばあちゃん達が着ていたようなこなれた着こなしが目標。お金をかけないでファストファッションみたいに着物を楽しんでるアラ還。兵庫県伊丹市在住。

私は22年前に大きな地震に遭遇した。

私は20年前に大きな地震に遭遇した。
阪神淡路大震災、1995年の1月、寒い日だった。
 
 
朝の6時前、突然下から
げんこつで殴られたような衝撃
と、その次の瞬間
グラグラっ!と揺れが来た。
 
 
私は布団の中で子供と一緒に寝ていた。
 
激しい揺れが長い間続くので
箪笥の上に置いてあるものが
子供の上に落ちて来た時にと
いつでも子供の上に
かぶされるようにしていた。
 
 
そう思いつつも、揺れ続けていることと
その揺れが大きいことに動揺していた
 
 
こんなに大きな地震は今までになかった。
 
 
どれほどの時間揺れ続けていたんだろうか。
ようやく収まったので明かりをつけようと
したが付かない。
 
 
停電のようだ。
 
 
そういえば外の常夜灯も消えている。
 
暗い中手探りでキッチンに行ってろうそくを
探していると「電気付かないな」と主人の声。
 
懐中電灯で照らしながら、引き出しの中に
あったろうそくを発見。
万一のためにと置いといてよかった。
 
ろうそく立てがないので小皿で代用。
ようやく周りが見えるようになった。
 
あんなに揺れた割にはさほど
物が散乱している様子はない。
食器棚からも食器は落ちていなかった。
足元に割れガラスもなさそうだ。
 
6時を少し過ぎて電気が付いた。
 
いつものように「おはよう朝日です」をつけると
宮根アナが叫んでいる。
 
「非常に大きな地震が起こった模様です。
詳細が分かり次第お伝えします」と繰り返していた。
テレビ局もかなりバタバタした感じ。
 
テレビ局近くのショールームのガラスが
粉々になっている様子が映し出されている。
 
そんなに大きな地震だったの?
 
あれだけの大きな揺れを経験したショックもあって
何が起こったのかよく分からないでいた。
 
テレビを見ている私の背中に
「電車動いてるか?動いてたら会社行くぞ」と
主人が言う。
 
この人バカなんじゃないかと本気で思った。
そんなこと言ってる場合じゃないだろ!
でもそれを言葉にする余裕もなかった。
 
もちろん電車はどの線も不通。
高架が落ちているところも数か所あって
復旧の見込みどころではない。
 
テレビには高速道路から半分落ちそうな
バスが写っていた。
この時になってようやく
えらいことになってることを実感。
 
玄関を見ると下駄箱が倒れてドアをふさいでいた。
どければ大丈夫だが靴が何足か落ちている。
 
ちゃんと開くか心配したけど
ドアは普通に開いた。よかった。
 
家族はみんな無事だった。
子供たちはぐっすり寝ていて
地震のことも知らなかったらしい。
 
親に連絡を取ろうとしたが
こういう時はつながらない。
それで主人は両親の安否が心配だから
神戸の実家へ行くと言う。
 
半日かけて神戸に行き両親を連れて帰ってきた。
 
2階建ての一軒家の1階部分がつぶれて
2階が1階になっていたという。
1階に置いてあった仏壇は下敷きに。
「おばあちゃんが助けてくれた」
そう義母は言っていた。
 
次の日に私の母も連れて帰ってきて
4人家族が一気に7人になった。
狭いのはもちろんだが
大変なのはここからだった。